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高知地方裁判所 昭和54年(ワ)444号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【説明】

本件は、宅地建物取引業者の原告が、被告の一人(買主)のために本件土地の買入れの交渉をなし、坪当り金二八〇万円で売買を成立させようと努力したが、被告の他方(売主)が坪当り金三五〇万円に固執したため、仲介は不首尾に終つた。ところが、買主側はその後も本件土地に執着を示し、独自に交渉を継続し、二年を経た後、売主の固執していた坪当り金三五〇万円で買取つたという事案である。

この種事件は、①仲介と契約成立との間の因果関係の存否、②仲介料の額、③売買当事者双方との仲介契約の存否が常に問題となる。本件はこれらの点について実務上の参考となろう。

【判旨】

二本件の争点は、原告と各被告間に仲介契約が成立したか否か、及び原告が報酬請求権を有するか否かに存するが、これらの判断の前提として事実経過を確定しておくことが必要である。

<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。

1 大和証券は本件不動産に隣接する土地建物を所有していたが、昭和四七年頃、本件不動産をその所有者である被告競技会から買い受けたいと考えた当時の高知支店長は、被告競技会の前高知支部長山崎譲(以下「山崎」という。)に対し本件不動産売買の交渉を依頼した。山崎は大和証券の意向を被告競技会高知支部長刈谷俊雄(以下「刈谷」という。)に伝えたが、被告競技会の移転先の土地を探すことが先決問題であつたので、右両名は代替候補地を物色した。しかしながら昭和四八年のいわゆる石油ショックにより地価が異常に値上りしたために、この交渉は中断された。

2 昭和五〇年二月に大和証券高知支店長に着任した松藤道生(以下「松藤」という。)は、前支店長から右交渉の件について引継を受けていたことや支店が手狭になつたこともあつて、昭和五一年八月直接刈谷に対し本件不動産の買受を申し込んだ。ところが、山崎がこの直接交渉に対して立腹していると聞いたので、昭和五二年初め頃松藤は山崎を訪れ、再び交渉を依頼した。そこで山崎は、宅地建物取引業者であり、刈谷と同じく元市役所競輪担当職員であつた原告代表者を松藤に紹介した。

3 原告代表者は松藤から買受条件を聞いた後、刈谷を訪れて交渉を始めたところ、被告競技会の態度は、移転の必要性に迫られてはいないが、競輪場に近く駐車場のスペースもあり職員の通勤に便利である等の条件を満たす代替地が見つかり、かつ本件不動産の売却代金によつて代替地の買受代金と新建物の建築費が賄えるなら移転しても構わないというものであつた。そこで原告代表者は昭和五二年二月頃高知市上町二丁目の土地を代替地として適当と考え、刈谷を同所へ案内した。

4 一方売買価格についての交渉は難航した。昭和五二年三月に大和証券から依頼された松山市在住の不動産鑑定士は本件不動産の価格を坪当り二三〇万円と評価して回答した。ところが同じ頃被告競技会会長は、本件不動産の近隣に居住する知人から本件不動産の時価は坪当り三五〇万円であるとの情報を得ていたので、この価格を高知支部に指示した。そこで、本件不動産の時価を坪当り二五〇万乃至三〇〇万円と考えていた原告代表者は、坪当り二八〇万円位で妥結させるべく両者の調整を試みたが、大和証券本社は高知支店ほど本件不動産取得に熱心でなかつたこと及び被告競技会は移転を急ぐ必要性もなく三五〇万円に固執したことから、交渉は妥結に至らず、同年四月下旬頃交渉は打ち切りとなつた。なお、前記上町の土地は、その頃他者へ売却されてしまつた。

5 原告大和ビルはいわゆる大和グループの不動産を管理する会社であるが、前項の交渉の際は、最終的な買主が大和証券になるのか被告大和ビルになるのかは未決定であつた。なお、松藤は同年一一月に刈谷を訪れ、本件不動産を是非買いたいので、他への売却を決定する前に知らせてほしいと依頼した。

6 昭和五三年二月に大和証券高知支店長に着任した小倉保(以下「小倉」という。)も、建物が老朽化し狭くなつたことから本件不動産の買受を希望し、同年九月、大和証券が株式の幹事証券会社となつている鹿島建設の所長等を同行して刈谷を訪れ、本件不動産の売却を依頼した。その後鹿島建設は地元の不動産業者を使つて代替地を探させ、一方大和証券の社員平尾智之が被告競技会との交渉を担当した。そして同年一一月には、小倉の上司で四国ブロック長である宮本某の価格面で無理をしても本件不動産を買つた方がよいとの発言があり、交渉は前向きに進み、昭和五四年三月には、坪当り三五〇万円で買い受けることの許可が大和証券本社から下され、その後適当な代替地も見つかり、同年五月一五日に本件不動産及び代替地のそれぞれについて売買契約が締結された。

本件不動産の代金は二億八一三二万円であつた。しかし右の事情を原告代表者及び山崎は一切知らされなかつた。

以上の事実を認めることができる。

三まず原告と被告大和ビル間に本件不動産の仲介契約が成立したか否かについて判断する。

前項で認定した事実によれば、松藤は目的物件を指定してその買受交渉を山崎に依頼したところ、山崎から紹介された原告代表者が不動産業者であることを知りながら、同人の介入を断ることなく、価格の調整について原告代表者と話し合う等したのであるから、原告代表者と松藤が代理する買受人との間に仲介契約が成立したものというべきである。もつともこの時点では、買主が大和証券になるか被告大和ビルになるかは未決定であつたが、これは大和グループ内部での調整の問題にすぎず、又これがために仲介契約の成立が否定される程度に買入申込人が不特定であるということもできないのであつて、結局、最終的に被告大和ビルが本件不動産を買つたのであるから、同被告と原告間に仲介契約が成立していたものと評価すべきである。

そこで前項3、4で認定した原告の行為は買入申込人のための仲介活動と認められるが、これと被告両名間の本件不動産の売買契約成立との間に報酬請求権発生の要件である因果関係が存在すると認められるか否かが次の問題となる。

前項で認定した事実によれば、原告の仲介行為は価格の点で折り合わず事実上中断されてしまつたが、松藤はその後も本件不動産への執着を刈谷に示し、その後大和証券本社の態度の変化によつて、結局は被告競技会が当初から主張していた価格で買うこととなつたものであり、これによれば交渉の難航による中断はもつぱら依頼人側の内部事情による一時的なものと評価し得るのであつて、結局以上の事情によれば原告の仲介行為と本件不動産の売買契約成立との間には因果関係が存するというべきである。

従つて、原告は被告大和ビルに対して報酬請求権を有するが、具体的報酬額については、原告は昭和四五年一〇月二三日建設省告示第一五五二号(甲第三号証)に基づいて算出された最高限度額を請求している。しかしながら、原告と被告大和ビル間に右最高額による報酬の支払の合意がなされたことについては、本件全証拠によつても認めることはできず、原告が報酬として請求し得るのは、原告の仲介行動の期間及び労力の程度、売買代金額等諸般の事情を考慮して定められる相当な額に限るというべきところ、本件においては金三〇〇万円を以て右相当額と定めるべきである。

四次に原告の被告競技会に対する請求について判断する。

第二項で認定した事実によれば、原告は松藤から売買対象物件従つて売主を指定されて仲介を依頼されたのであつて、原告が適当な物件を探し出して売主を依頼者に紹介したというのではないこと、被告競技会は本件不動産売却の必要性は感じておらず、適切な代替地を買入申込人側において見い出してくれれば本件不動産を売却してもよいと考えていたにすぎないこと、従つて売却価格の交渉に際しても終始強気であつたことが明らかであり、右事情に照らせば、原告が代替地を探して刈谷を同行した行為は被告競技会のためというよりももつぱら買入申込人のためであつたと評価される。

ところで、刈谷その他被告競技会の者が原告に対し本件不動産売却の仲介を依頼した事実は本件全証拠によつてもこれを認めることはできない。更に原告の媒介行為を被告競技会が拒まなかつたことをもつて黙示の仲介契約締結と評価できるか否かについては、前段の諸事情に照らしてこれを消極に解するものである。もつとも、非委託当事者に対しても一定の要件のもとでは仲介人は報酬請求権を有すると解されるが、本件においては、前述の事情に照らして考察するに、原告は被告競技会のためにする意思をもつて本件仲介をしたものとはいえないので、原告は被告競技会に対して報酬請求権を有するとは認められないのである。よつて、原告の同被告に対する請求は理由がない

(古賀寛)

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